名古屋高等裁判所 平成2年(ネ)267号 判決 1991年5月30日
控訴人 中曾根加代
被控訴人 中曾根勇作
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、
被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決3枚目裏4、5行目の「脊髄小脳変成症」を「脊髄小脳変性症」に改める)。
(被控訴代理人の陳述)
控訴人が昭和62年2月ごろから罹患した難病は不治の病であって、身体の平衡が保てず、歩行不能、言語障害、視覚障害があり、妻として、母としての家事労働も全く不能であるから、このこと自体が婚姻を維持し難い重大な事由に該当する。離婚後、控訴人は国の保護を受け療養生活をするのが、今日の社会保障というものであろう。
(控訴代理人の陳述)
控訴人には、離婚原因について何ら有責性がないばかりか、控訴人が身体に変調をきたすや、被控訴人は控訴人を病院に入れ、昭和62年6月初頃見舞いにきたのみで、入院費用も当初1か月金8000円ないし金1万円を負担しただけで、その後はすべて控訴人の親任せ、国任せであり、物心両面とも何ら誠意をみせていないが、このような被控訴人の態度は、正に治療に名を藉りた悪意の遺棄にも該当するものである。
(証拠関係)
本件記録中の原審及び当審における書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
一 いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第1号証、乙第1、2号証、弁論の全趣旨により、原本が存在し、かつ真正に成立したものと認められる乙第3号証、原審証人遠藤照美、同山室伸一の各証言、原審における被控訴人、原審及び当審における控訴人各本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1)被控訴人と控訴人は恋愛の末、昭和47年11月4日挙式し、同年12月5日婚姻届をした夫婦であるところ、2人の間には、昭和50年9月19日生の長男大作、及び昭和53年11月30日生の長女美沙がいる。(2)被控訴人は婚姻後喫茶店を始めたので、控訴人もその手伝いをするようになった。(3)昭和60年頃に、被控訴人が控訴人の動作の異常に気づくまでは、被控訴人は、控訴人の家事の仕方に多少の不満を抱いていたものの、比較的平穏な家庭生活を営んでいた。(4)控訴人は、昭和62年2月頃○○市民病院で診察を受けたところ、脊髄小脳変性症と診断され、同年3月頃から同病院に入院し、現在に至っている。(5)本症は、その原因として、ウィルス説や染色体異常説があるものの、因果関係が明確でないが、脊髄と小脳が主として変性するので、平衡感覚に失調をきたし、その結果、真っ直ぐ歩けない、階段を上手に上り下りできない、物を正しく運べない、物を持てない等の症状を呈し、言語障害もあるものの、知能障害はみられない。本症は、国の難病指定に該当する疾患であるため、治療費は全額無料である。(6)控訴人は入院後、脊髄または小脳の変性を防ぐ注射を受け、脳の代謝や循環をよくする薬剤を投与されて、症状が軽快した時期もあったが、現在ではまた、歩行や階段の昇降に困難を覚え、言語障害も認められる。(7)被控訴人は、控訴人の入院後1回面会にきたきりで、入院の費用も昭和62年6月頃まで、1か月金8000円ないし金1万円を支弁したのみであり、将来控訴人のために支出しうるのは、1か月金2万円が限度であると言い放ち、子供に対しては、控訴人との面会を禁止している。(8)控訴人は、被控訴人の冷たい仕打ちを嘆く一方、自己の落度に心当たりがないため、婚姻の継続を希望し、殊に子供との同居、あるいは面会、交流に執着している。(9)仮に離婚ということになれば、控訴人の父山室伸一が控訴人の世話をすることにならざるをえないが、同人には高齢の老人と重度身体障害者の妻がいるため、看護能力が十分でない。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 右認定事実によると、被控訴人と控訴人との婚姻生活における障害は、控訴人が本症に罹患したという1点にあるところ、なるほど、控訴人の現在の症状に照らせば、控訴人は家事をこなす能力に欠けており、周囲の者の理解ある援助がなければ、日常生活さえ支障をきたす状態にあるが、一方、知能障害は認められないから、夫婦間あるいは親子間における精神的交流は可能であり、子供との同居を願い、婚姻生活の継続を希望する控訴人の意思を考慮すると、本症に罹患し、日常生活の役に立たなくなったからという理由だけで、控訴人を妻の座から去らせようとし、しかも、入院はさせたものの、国の援助に頼るのみで、看病はおろか、入院生活の援助もせずに放置し、将来に亘る誠意ある支援態勢を示さず、被控訴人の希望する子供との交流さえ拒む、被控訴人の態度のみによって、婚姻が回復しがたいほど破綻していると認めることはできない。また、控訴人の現在における症状からすれば、本症が、民法770条1項4号に定める、強度の精神病にも比肩しうる程度の疾患であるということもできない。
三 そうすると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、離婚原因について立証がないことになるから、失当として排斥を免れない。
よって、右と異なる原判決は不当であるから、これを取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法96条前段、89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 水野祐一 裁判官 喜多村治雄)